About Tattoosトライバルタトゥーの歴史、デザインについて

トライバルタトゥーの文化は元来、世界中いたる所に存在していました。それぞれの部族内という閉ざされた環境で進化していったことによって、実に様々なデザインと意味を持っています。

デザインは全体的には素朴で抽象的なものが多く見られますが、これらのトライバルデザインには独特の法則性があり、深く、豊かなイメージの世界を感じさせます。中でもマルケサス諸島をはじめ、タヒチ、サモア、マオリなどのポリネシアンタトゥー(polynesian tattoo)と呼ばれているモノは顕著ともいえます。

意味的には自分をより魅力的に見せるため、という基本の他に、社会的ステータスを示したり、既婚のサインであったりと様々ですが、宗教的、呪術的に精神世界と深く関わる例も多く見られます。

そのような意味合い持つタトゥーの場合、痛みという要素を抜きにしては成立しないのかもしれません。痛みの恐怖に打ち勝つ勇気、そして実際に彫られている時の忍耐。そういった『痛み』を対価として差し出すことによって「何か」を得るのだと考えられています。

また、多くのトライバルタトゥーにおいて、色として使用されているのは煤から作った黒です。人体に対して安全で、しかもどこにでもある素材です。現代のタトゥーで使用される黒のインクも煤に由来していることを考えると、非常に優れた染料であるということも分かります。

一般的な理解として、黒の塗りつぶしを主体としたタトゥーであれば、トライバルタトゥーと総称される傾向が定着しています。本来の『部族的な』という言葉の意味を離れ、新しくジャンルの1つとして呼ばれるようになったということです。 当スタジオが手掛けるのも、そういった伝統的なトライバルタトゥーにインスパイアされて出来上がる今日的なトライバルタトゥーのひとつです。したがって、そこに発生する意味なども、より個人的なものであり、自由な発想に基づいています。

私は様々な部族の里を旅し、その土地どちのトライバルタトゥーに触れ、また各地の彫り師たちとも交流を深めてきました。あるいは、すでにタトゥーの伝統が途絶えてしまった部族における伝統的なタトゥーのリバイバルの現場に立ち会うようなこともあります。長旅を終えて日本に戻り、新宿にスタジオを構えるようになってからも、旅が終わってしまったわけではなく、いまなお一年のうち数ヶ月は世界の各地を飛び回っているし、近年では物理的な移動だけでは飽き足らず、はるか縄文時代へと思いを馳せ、当時の列島で施されていたタトゥーを現代に創造的に蘇らせるという、時空を超えた旅も行っています。そうしたあてどもない旅路のなか、私自身、トライバルタトゥーに関していくつか分かってきたこともありました。

トライバルタトゥーと一口に言っても、その文様、意味合いは、土地や集落によって様々です。そうした差異の一つ一つを現地で体感することは、私にとって実に興味深いことではあったのですが、一方で、各地のトライバルタトゥーに触れていく中で、それぞれのタトゥーがまったく無関係であるかといえば、そうとも言えないのではないかということにも気付き始めたのです。

少なくとも日本列島を含む環太平洋の島々のトライバルタトゥーには、相互に親戚関係のような近似性があります。いわば、トライバルタトゥーという文化全体で共有している大きな傾向のようなもの。たとえば、私自身が見聞してきた限りにおけるトライバルタトゥーの傾向をまとめるなら、以下のようになります。

1 見える部位
服の外側、手、腕、脚、など。南なら全身。北なら顔や手の甲。ちなみに日本の気候ならかつての縄文時代などは全身に施していたのではないか。見える、というか見せるのがトライバルタトゥーの基本中の基本。日本の和彫りのように服に隠れる部位に施すというのはいわば現代の社会生活との折り合いであって、歴史上それが普遍だったわけではない。最近の若いもんは手や顔にはタトゥー入れてるくせに服の内側はガラ空きなんだぜ、とかなんとか洋の東西を問わず私たち昭和世代の愛好家達はバカにしているのであるが、これはタトゥーがより一般化していくことで普遍的なところに還ってきてるだけのことなのです。

2 左右対称と鑑賞距離
デザイン&部位全てにおいて左右対称である。そして独立した絵画表現よりも、より身体を装飾するアクセサリー的であり、服装的である。だから当然全身の尺で捉えられている、つまり現代のほとんどのタトゥーよりもはるかに遠い鑑賞距離を備えている。これは神社仏閣や世界中のさまざまな神殿の構造と同様の視覚効果があり、それを見る者に「聖なる何か」を感知させるのです。現代のさまざまなジャンルのタトゥーで左右の腕で同じデザインを入れる人はほとんどいないということを考えるとこれはとても大きな要素となります。

3 同じデザインを共有
男と女のデザインそれぞれ1バージョンを皆で使い回す。現代タトゥーのオリジナル重視は近代的個人主義の思考。トライバルタトゥーのデザイン共有をユニフォーム的な帰属意識のあらわれだという捉え方は一般的ですが、実はこれすらも個人主義的思考の判断か。誰かが良いタトゥーを入れていたら自分もそれが良いし、真似された方も気にしない。そういうメンタリティーがそこにはあるようです。現在でも欧米とアジアを比較するとそのベクトルの差はわかるし、日本社会の中に限って見渡してもそういうセンスが濃い人と薄い人はいます。

4 男と女
数で言えば女のトライバルタトゥー資料が圧倒的に多い。世界中でまんべんなく同じような女性のトライバルタトゥーは存在してきた。それは縫い物、編み物に近いファッション性の高い、腕力のいらない娯楽、技でもある。にもかかわらずよく知られたデザインの印象としては男のタトゥーばかりが思い浮かぶ。それは地味ながらも永続する女性ファッションと、全く無いかと思うとある瞬間爆発し極大化する男性ファッションの派手さとの違いか。現代タトゥーのマーケットはクライアントもタトゥーイストも男性主導で始まり、そして爆発した。今、それがどんどん一般化していく流れの中で、クライアント、タトゥーイストそれぞれ女性が増えてきています。おそらく現時点で先進国のマーケットに限って見ればクライアント数では女性が男性を上回ったでしょう。そしてこの流れはこれからも加速していくと思われます。

5 デザインの変遷
伝統という言葉の持つイメージのせいか、トライバルタトゥーは資料がまとめられた瞬間のものが、あたかも歴史上ずっと続いてきたかのように捉えられがちですが、一人の職人として考えればそんなことは不自然だし無理があります。ポリネシアのように同一のルーツを持ちながらも多様な分岐を遂げた各島のデザイン達を見てもそれは分かるし、縄文時代の土器を見れば日本という同一地域でもそれらは時の流れとともにダイナミックに変遷するものだということはわかるでしょう。もしかしたら今後、言語学のような分類が世界のトライバルタトゥーのデザインでもできるのかもしれません。

6 意味
現代のタトゥーと比べた場合、トライバルタトゥーはそれぞれ意味を持っていると捉えられることが多いです。現代タトゥーの個人的な思いなどとは違う習俗としての共通認識としての意味、正式な意味とでも言いますか。子供から大人になる通過儀礼がその代表格な訳ですが、そのバリエーションの豊かさがトライバルタトゥーの魅力でもあります。ほぼ全てのトライバルタトゥーは石器時代から現代までの間の様々な歴史ステージの何処かに依拠しているわけで、そのコミュニティの時代や地域のステージに合った意味合いをそれぞれ含んでいるのであり、それらを透かして向こう側の現実感を感じることは現代日本の我々からしても興味深いことです。しかし、30年にも渡ってこの分野にタトゥーイストとして向かい合い、なおかつ様々な地域に足を運んでいると別の側面も見えてきます。そもそも、意味があってしかるべき、そしてそれを体得するためにタトゥーを入れているに違いないという発想は、中世以降の合理主義の考えであり、多分にそれを調査する外部の学者の視線だと思うことも多いです。極論すれば特にプリミティブな部族、森の中で石器時代的な暮らしを送っているような人々にとってはそんなもの実際大した意味はない場合が多いのです。私たちが人生に意味が必要なのは先進国の現代人だからで、人類史におけるその他圧倒的多数はYESという感覚だけで歴史を生き抜いてきたのではないか。タトゥーを外の人から見れば、意味はカッコよさ、可愛さに勝り、カッコよさ、可愛さはさらに楽しさに優っているという構図だと思いますが、実際現場のコアなクライアントでは、あるいはプリミティブな部族社会では、それらは完全に逆の並びなのです。つまり楽しいからやってるんですね。

7 文字との入れ替わり
大筋において文字社会の到来、発達と入れ替わるようにしてトライバルタトゥーは消えて行ったようです。これは農耕定住社会の到来と言い換えてもいいのですが、とにかくそこらへんのタイミングで本来の力が失われて廃れ始める傾向は世界中で普遍的に見られます。現代のコアな顧客層を見ても、文字に依存する人が少ないことや、大きな会社の勤め人よりは自営業の人が多いことなどから考えるに、それは大脳生理学的な仕組みではないかと感じることもしばしばです。また、文字=記録との相性の悪さが世界中のトライバルタトゥーの歴史を掘り下げて検証することを困難にしています。

※webマガジンのHAGAZINE にて世界のトライバルタトゥーを巡る紀行文を連載中!

引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣

参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel

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