Berberベルベル

10年代以降、ヨーロッパを中心に女性たちを中心に広がりを見せるベルベルタトゥー。世界の諸々のトライバルタトゥーと比較して、北アフリカの地中海沿岸部に広く展開しているベルベルタトゥーは、近代では儀式性や情報よりもファッションとしての色彩が強いのが特色です。オシャレとして、ということです。地域ごとに緩やかな定型を持ちながらもモチーフの選択肢がとても豊富で、配置のバリエーションに個人差が大きいというのはとてもファッション的です。そして同地域で流通しているアクセサリーとの、デザインや部位の共有が強く見られます。あらためてそう考えると現代の我々のタトゥーとアクセサリーのモチーフの共有も、タトゥーのファッション性の度合いとして捉え直すことも可能で興味深いと思います。

しかし、これはあくまで近代の状況についてのみ言えることで、辺境などで古層のデザインを探っていくと絵文字や象形文字のような作りを持つ説明的なものが増えることから、かつてはアイデンティティにまつわるような情報を保持、表現する手段も一般的だったと考えられ、さらにその向こう側には医療、芸術が混交する呪術としてのトライバリーな儀礼の世界が広がっていた痕跡もあるようです。そのレベルまで降りて行くと共同体内では皆同じデザインで女型と男型の2タイプだけというのは世界の通例でもあるので、ベルベルタトゥーもあるいはかつてはそういう時期があったのかもしれないなとも感じます。悪意の込もった視線には対象を滅ぼす呪力があるとする「邪視」信仰(ゲームやマンガに出てくる「邪眼」と言った方が一般的か)はかつて中東から地中海沿岸まで広く存在していましたが、ベルベル人はタトゥーをそれに対する防御壁としていたことなどは呪術的領域の一つの例でしょう。ベルベルの一つであるカビル人の友人は、近代のベルベルタトゥーはもっぱら女のファッションとして知られているが、もともとは病気やケガの治療目的のまじないでもあったと言っています。その機能は近現代の西欧医療が一般的になるにつれて淘汰されていったのだと思われます。日本でも古くは病気になればお札を貼ったり祈祷をしてもらうのが普通だったわけだし、こういうのは我々にもすんなりと理解できるのではないでしょうか。とにかく、地中海文化の一員でもあるベルベル人の生活は資料的にもかなり古い時代まで遡ることができるという利点があり、これがベルベルタトゥーが世界最古のタトゥー習俗の一つと呼ばれる所以でもあります。

国家の支配にはさまざまな要素があるわけだが、僕はその中でも特に地域における文字の普及とトライバルタトゥーの終焉はだいたいシンクロしていると考えていて、情報を保持することが最大目的化していたタトゥー文化というものがあったとしたら、より高精度の文字が出てきた場合にはそれに置き換わらざるを得ないということなのかとも思います。絵、紋様から文字が生まれてくる直前の、器から溢れんばかりにタプタプと揺れていた知のスープ。きっとそれが満ちる前と溢れた後ではタトゥーのあり方は劇的に変わったのでしょう。そしてそこを乗り越えたベルベルタトゥーには何よりもファッションとしての力があったということになります。

チュニジアの南部を訪れ、タトゥーを入れてる人を求めてマトマタのスターウォーズの穴を拠点にして周辺の村々を彷徨ってみました。この辺は独特の住居跡や手織りのカーペットが観光の目玉なので、タトゥーを見に来たというとかなり意外な顔をされましたが、それでも、あの村のあの人なら、という言葉を頼りにそこに行ってみると何年か前に亡くなっている、みたいな結果が続きます。そうやって何日かが過ぎ、ある村の村長さんがわざわざ車で連れて行ってくれた僻地の集落で、ようやくタトゥーだらけのお爺さんとお婆さんに出会いました。お爺さんは101歳、お婆さんは94歳です。顔、手、前腕にびっしりと入っています。一見して現代のヨーロッパで一般的に楽しまれているベルベルデザインよりもはるかに線が太いことが分かります。これは道具がどうだとか、年老いた皮膚だからこうだとかいうことではなく、数千年、ひょっとしたら数万年という時を経て結論づけられた、人体というフレームサイズに比して最も美しいラインボリュームの黄金律ということでしょう。200年の歴史を持つ和彫のスジも、特に何世代にも渡って続く伝統一門などでは全く同じ太さに辿り着いているのはただの偶然ではないということです。

目があまり見えていないと思われるお爺さんが、椰子の木、機織りの櫛、タニト神、月、星、などデザインモチーフを指差しながら次々に説明してくれました。どこに何が入っているのか正確に分かっているということです。タトゥー業界によく出回っているモロッコのベルベル紋様の場合では、デザインモチーフは不明でただカーペット柄とのデザイン共有とされているものが多いのですが、こちらはモチーフがもっと具体的です。デザインの作り自体も円と直線の簡素なパターンに集約されているモロッコのものよりも、こちらはもう少し具象を表現しようという意思を思わせるようなカーブが多く、全体的に複雑でした。複雑なだけにちょちょいとフリーハンドの描きこみというわけにもいかず、インクをつけた木版のブロックをハンコのように皮膚に押して下絵にするようです。ボルネオのカヤン族とかと同じ方式。これが古層のデザインというやつなのでしょう。自分の世代より上のこの辺の男は普通にたくさん入れていた、というお爺さんの言葉も貴重です。

今日、欧米では完全に女の文化として認知されているベルベルタトゥーですが、実は男もたくさん入れていた支族もあったということです。さらに、ここでは男のタトゥーが先に無くなって、女のタトゥーはそこからさらに何十年かは残り続けたということでもあります。資料では世界中のトライバルタトゥーの最期は女だけの文化となっていることが多いのですが、その点を以ってそれらが歴史を通してずっと女のみの文化だったと考えてしまうのは少々早とちりだということの証拠でもあります。お婆さんは僕のタトゥーを見てしきりに感心し、今までの人生で見たタトゥーで一番見事だと言って僕の腕や顔を触ってきました。お爺さんは込み上げるものがあったのか少し泣いています。外国人が訪問してくることもないようなこの集落に、タトゥーだらけの日本人が、現地の人たちからはもはや顧みられることもないベルベルのタトゥーをわざわざ見に来たということで、珍しいものを見に来たはずだった僕が、結局のところ一番の珍しい者になっていました。これは旅行者慣れした観光地ではなかなか味わえない感覚です。一般的なイメージの逆を張って、あえてチュニジアに来て正解だったようです。

ベルベル 作品一覧

引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣

参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel

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