「西暦2011年の1年間を限りとして試行的に入域制限を解除」危険な紛争地域として長年にわたり外部に対して扉を閉ざしてきた、ミャンマーとの国境地帯に位置するインドのナガランド州に個人旅行者として立ち入るチャンスがついにやって来た瞬間でした。
32の部族とそれぞれの中の無数の支族によって構成される部族サンクチュアリ。それぞれの村の単位で独自の王がいて、ほんの半世紀前まで首狩りは大地に豊饒をもたらすというアニミズム信仰にもとづき、敵の戦士のみならず、老人、女、子供の首まで狩りまくっていた人々。そして実際に首を狩った戦士のみが身に帯びることを許された胸のV字型マークのトライバルタトゥー。禁断の秘境というイメージを長年膨らませていました。
しかし、実際に州境あたりの街などで情報収集してみると、現在はアメリカンバプティスト教会がほぼ全域に展開し、主要な街の周辺ではかつての部族社会の面影は急速に失われつつあるとのことでしたので、もっとも開発が遅れているという最奥の地、モン(mon)に直行することにしました。モンはナガランド諸部族の中でもそのトライバルタトゥー文化の華やかさでは右に出る者なしというコニャック族(konyak)の地域です。現地の言葉で「黒い顔の者」を示すコニャック族は、その名のとおり顔のほとんどを塗りつぶすほどの面積のフェイシャルタトゥーと、胸の極太V字型タトゥーに特徴があります。村々で見かける人々の中でこれらのトライバルタトゥーを入れているのはおおむね70代以上の男性です。口のまわりや膝下に特有のパターンを入れている女性はだいたい50代以上、たまに30代かと思われる人も見かけます。
インド~ミャンマー国境線がちょうど屋根の中央を横断しているという屋敷に住む、ロングワ村(longwa)の王に話を伺いました。村の長老格の男性達が夜中に集う王の居間で、オピウムパイプがまわる中での会見です。オピウム吸引の習慣はコニャック族の年配男性の間では広く見られますが、これはかつてこの地を治めていたイギリスがコニャック族の蛮勇ぶりを恐れ、少しでもおとなしくさせるために持ち込んで広めたものです。写真も記事もOKという王の言葉からもここがまだ法治国家に完全には属しきっていない状況が感じられます。
僕(以下T):「顔面にトライバルタトゥーが入っているコニャック族男性は70代以上の方が大半ですね?」
王(以下O):「顔面は戦士の、胸は首を狩ったことの証明であるマークです。実際にそれをやった者だけが入れるんです。」
T:「50年ぐらい前がその最後だったということですね。」
O:「だいたいそうです。20年ぐらい前にも首狩りをやった者がいましたが、インドがイギリスから独立した前後にはだいたい終わっています。ミャンマー側のどこかではまだやっているのかもしれませんが、向こう側のことは今は詳しくは分りません。」
T:「女性はもっと若い世代もトライバルタトゥーを入れているように思うのですが。」
O:「戦士の妻はタトゥーを入れるんです。そして我々は複数の妻を娶ることが出来ます。たとえば現在70歳の戦士が20歳の妻を娶れば、彼女は戦士の妻としてのトライバルタトゥーを入れることになります。」
T:「なるほど。とても興味深いです。つまり部族間抗争が停止しているのであって、儀礼的なトライバルタトゥーのルール、というかシステムは現在も残っているということなんですね。滅びつつある世界中の他のトライバルタトゥーのケースと比べて考えてもかなり独特の状況ですね。」
O:「まあ実際は終わりとほとんど同じことですけどね。我々が再び首狩り戦士に戻ることは考えられませんので。でもタトゥー自体は誰からも禁止されてはいないので、村の若者達はファッションのタトゥーを自分達で入れて楽しんでいますよ。」
ナガランドの若者達のタトゥー率は非常に高いです。村々だけでなくもっと都市化の進んだエリアでも、Tシャツから見える前腕や首に限っても半数以上が文字やクロスやハートなどのちょっとした筋彫りを施しています。すりこぎぐらいの棒にオレンジのトゲをセッティングして、それを他の棒で叩くのではなく、それ自体をハンマーのように上下させるという独特の方法を誰もが知り、とても気軽にタトゥーを楽しんでいる感じがうかがえました。まだプロのタトゥースタジオ的なものは見かけませんでしたが、いつか、そうした新しい世代の中から何か面白いものが出て来るのを期待したいところです。
マルケサス諸島のトライバルタトゥーのデザインはマケージャスタイルと呼ばれ…
タトゥーという言葉の語源はタヒチ語の『タタウ』から来ています。トライバル…
ポリネシアの中で唯一トライバルタトゥーの伝統を今日まで絶やすことなく守り…
ニュージーランドの原住民であるマオリ族といえば、かつての戦士の顔面に刻み…
ミクロネシアは謎の地域です。そのトライバルタトゥーのデザインは非常に…
メラネシアはオセアニアの南西部に位置する数千の島々からなる地域で、地図の…
今日のタトゥーシーンにトライバルというジャンルを確立させた立役者はマレー…
2011年、『KALINGA』と題された1冊の分厚い本が世界のタトゥーアーティス…
インドネシア、スマトラ島西岸沖に浮かぶシベル島。完璧な波を求めて世界中…
日本のトライバルタトゥーとしては、ごく近年まで習俗としてそれが行われて…
彼等のタトゥーデザインは動物などの具体的なモチーフを一定の法則を持った…
スペイン人が入植して来る以前の中南米のデザインには素朴でいてどこか陽気で…
ヘナタトゥーの歴史は古く、アジアから中近東、アフリカまで、多くの地域で…
「西暦2011年の1年間を限りとして試行的に入域制限を解除」危険な紛争地域…
現代のタトゥーシーンではほとんど知られていませんが、日本にとって親しみの…
10年代以降、ヨーロッパを中心に女性たちを中心に広がりを見せるベルベル…
引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣
参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel