現代のタトゥーシーンではほとんど知られていませんが、日本にとって親しみの深い隣国(?)台湾にはかつて盛大なトライバルタトゥーの文化がありました。世界の他のケースと同じように、歴代の度重なる外からの支配者、移入者たちの波によってそれらはどんどん失われ、詳細なデザインやそれを取り巻く文化状況も今となってはよくわからないのですが、とにかく古代から台湾全域でやっていたということだけは中国の古い歴史書などからもはっきり分かっています。
よく知られているのはアタヤル(タイヤル)、タロコ、セデック族の紋面、つまり女性の唇から頬にかけてのパターンと男性の額と顎のマークや、パイワン、ルカイ族の階級制度に基づく背中や腕の百歩蛇(猛毒の蛇)紋様のトライバルタトゥーですが、これらのごく最近までタトゥーの習俗を繋ぎ続けてきた部族(原住民族)の伝統に直接的な最期をもたらしたのは植民地時代の日本政府でした。
2014年、部族タトゥーマニアの日本人クライアントからの要請により僕はパイワン族の頭目のデザインである、フルバックピースのリバイバル作品を発表しました。少し前にアタヤル族の若い夫婦が紋面をリバイバルしたというニュースも聞いていて、パイワンも誰かやればいいのになぁぐらいの感覚の、誰も知らない失われた美の発掘としてのチャレンジでした。
ところがSNSに発表したその日のうちにキュジー・パッドレス(Cudiuy Patjidres)というアーティストから控え目ながらも衝撃的なコンタクトがあったのです。自分はパイワン族で伝統タトゥーのリバイバルに取り組んでいる、と。すぐさまタトゥー人類学者ラース・クルタクとフィリピンリバイバルタトゥー、Four Wavesのエレ・フェスティン、そして秘境の部族タトゥー取材をライフワークとする世界的タトゥージャーナリスト、トラベリング・ミックに報告し、その日は僕らの界隈ではちょっとした騒ぎになったものでした。キュジーの作品が完全なレベルだったこと、そしてそれを僕らとしたことが今の今まで気づかなかったことへの驚きです。すぐさまラースは自らがリポーターをつとめるアメリカのテレビ番組「Tattoo Hunter」の制作チームと共に台東に乗り込み、僕とエレは直近のNZの部族系コンベンションにキュジーを呼び出しての囲み取材です。パイワン族のトライバルタトゥーは僕らにとってはそれぐらい重要だということです。
台湾は、環太平洋地域のトライバルタトゥーの連鎖における南側全般の入り口であり、僕が得意領域としているポリネシアも、エレの専門のフィリピンも全てはそこに端を発しているのです。特にパイワン族のデザインとフィリピン諸部族のそれとは非常に強い関連性があります。そして台湾原住民達がどこからやって来たのかを辿る旅は、おそらくそんなに遠くない距離感でそのまま人類タトゥー発祥の地へと繋がるかもしれないのです。
NZのコンベンションではキュジーの連れて来た若いパイワン族の通訳から、あなたは我々の伝統のタトゥーを日本人の客に彫っていたがそれはパクり行為ではないのか?という先制パンチを受けることになりました。僕はネオトライバルタトゥーアートの現代マーケットにおける共通認識を説明しつつ、これは本物(ガチ)だと嬉しくなりました。やっぱそう来なくっちゃね、と。キュジーはパイワンデザインを彫る時には古来のルールに従ってかつての頭目筋からの許可を毎回得ているとのことでした。つまり時代と共に社会の仕組みが変わってもなお、リバイバルとすらも言う必要の無いレベルの現在進行形のトライバルタトゥーとして取り組もうとしているわけです。
台湾で本格的な原住民タトゥーの再興を手がけ始めた者の責務として、例えばイバロイ族のエレが他のフィリピン諸部族のデザインも一手に引き受けているような展開で、他の台湾原住民族タトゥーリバイバル全般に関わっていこうという考えはないのかと尋ねたのですが、きっぱりそれは無いとのこと。良い。すごく良い。キュジーの携えて来た多くの日帝時代の写真資料をエレが解析し、どんどんタトゥーらしき痕跡を見つけ出していきました。それらは撮影者達も言及していない、キュジーにとっても未知のタトゥー群です。やれることはこれから無限にありますよ。
世界の人々にもっとパイワン族の文化を知ってもらいたい。パイワン族の若者にパイワン族であることの誇りを持って生きて欲しい。プロアーティストというよりも文史工作者(台湾で原住民文化の啓蒙活動をする専門家)として素朴にそれだけを追求する彼の活動を、僕はどんどん応援させていただきます。合宿やりましょう。
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引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣
参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel