Incisionインシジョン(切り込み)

日本とその周辺の地域には古代から近代までいくつかのタトゥーの手法が存在していたことが知られています。

アジア太平洋地域のタトゥー手法といえば皆さんがまず思い浮かべるのはハンドタップでしょう。サモアやボルネオのアーティストが欧米のタトゥーコンベンションでこのハンドタップを実演する様子は今やごく一般的な風景になったといえます。

近代までのハンドタップ圏を見てみると、ネパールや東北インドの山岳地帯から始まり、雲南省、海南島などの中国南部、台湾、フィリピン、ボルネオ、メラネシア、ポリネシアと続いていることが分かります。これはおそらく伝播による文化の繋がりでしょう。

次に挙げるのはハンドポークです。針を直接手で掴んで刺すという手法には人間の思考にとって普遍性があり、これは地域や時代を超えて自然発生するものでもあると私は考えています。非常に多くの地域でハンドポークは確認出来ます。例えば日本の和彫りや沖縄のハジチ、タイのサクヤンなどがそうです。

日本の北海道の先住民であるアイヌのタトゥーは刃物で皮膚を切り、その傷に煤をすり込むという手法で行われてきました。これは切り込みのタトゥーであり、世界的にはインシジョンタトゥー、インクラビングなどと呼ばれています。アジア地域では日本の北海道、フィリピンのミンダナオ島、パプアニューギニアのニューブリテン島などでわずかに見られるのですが、最も一般的に見られるのはアフリカです。これらはアフリカ人の中でも比較的に肌の色が明るい人々に見られます。中東や地中海沿岸の人々との関係が深いサハラ砂漠周辺部に多い印象です。

総合的に考えると、アフリカにおいてホモ・サピエンスが最初に行なっていたのはスカリフィケーションであり、そこから肌の色が明るくなるにつれて出てきた手法がこの切り込みタトゥーということなのでしょう。つまりおそらくはこれがタトゥーの起源ということでもあると思います。

最新のDNA研究によって日本の縄文人と最も近い関係にある人々は5万年前にアフリカを出て南アジアの海岸伝いに東南アジアに到達したホアビニアンと呼ばれる人々であるとされています。この人々がおそらくスカリフィケーションをかメインの身体装飾としていたことは、その後フィリピンのネグロス島やパプアニューギニア内陸部、オーストラリアに展開していった人々のスカリフィケーション文化を見れば分かります。

そこからさらに日本列島まで二万年という時間をかけて北に移動した人々の肌の色は徐々に明るくなり、その過程で切り込みタトゥーが登場したのではないでしょうか。それが近代まで続いてきたのがアイヌのタトゥー文化なのだと私は考えます。したがって縄文時代のタトゥーは切り込みタトゥーであった可能性が高いとも考えています。

今日は最近の私のインクラビングの実践について報告します。まず初めにメスで皮膚に切り込みを入れます。私はタトゥーイストなので、その経験から深さを1ミリから2ミリに調節しています。

最初に使ったのはただの煤です。植物油を燃やして作った煤です。残念ながらこれはほとんど皮膚から排出されてしまいました。そのままの煤と体液とはスムーズに混ざり合わないようでした。そもそも水と煤も上手く混ざりませんでした。

メンタワイではサトウキビ、フィリピンでは茄子、日本の墨ではニカワ。水と煤をミックスするためには何らかの界面活性剤が使われています。デトールのような逆性石鹸、中性洗剤、グリセリン、アルコールなどは我々には親しみのある界面活性剤たちです。

タトゥーのカラー素材を水とミックスするために使われるのは主にグリセリンです。これは化粧水や食品にも使われる、人体にとって安全性が高い界面活性剤です。煤を乳鉢で良くグラインドしてからグリセリンと水を加えると非常にスムーズに混ざり合います。化粧水の基準で言えばグリセリンと水の配合率はグリセリンを15%以下に保つことで皮膚への馴染みが良いということです。これは切り込みタトゥー手法にとっても重要な視点となるでしょう。

インシジョン(切り込み) 作品一覧

引用
著書:「traibal tattoo designs from the americas 」出版:mundurucu publishers
著書:「traibal tattoo design」出版:the pepin press
著書: 吉岡郁夫「いれずみ(文身)の人類学」出版:雄山閣

参考文献
著書:「THE WORLD OF TATTOO」Maaten Hesselt van Dinter著 KIT PUBLISHER
著書:「世界民族モノ図鑑」明石書店
著書:「EXPEDITION NAGA」 著者:peter van ham&jamie saul 出版:antique collectors, club
著書:「MAU MOKO The World of Maori Tattoo」Ngahuia Te Awekotuku with Linda Waimarie Nicora
著書:「縄文人の入墨」高山純, 講談社
著書:「TATTOO an anthropology」MAKIKO KUWAHARA, BERG
著書:「GRAFISMO INDIGENA」LUX VIDAL, Studio Nobel

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